カール・ハーゲンベック 動物園のエジソン

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カール・ハーゲンベック 動物園のエジソン

カール・ハーゲンベックは発明家でも動物学の教授でもない。1844年6月10日にドイツのハンブルグで生まれたドイツの商人である。

そして彼は動物調教師、動物園飼育員でもあった。彼は動物園の設計とレイアウトに革命を起こしたことで知られている変わった人物なのだ。

そして、それは良い意味でも悪い意味でもだ。

ハーゲンベックは世界各地の人間と動物を紹介する「エスノグラフィック・ショー」で一躍有名になった人物でもあるのだ。

これらのショーは人間を動物のように展示することや固定観念を広めたとして今から見れば信じられないものだが、当時はヨーロッパでかなりの人気を博したようだ。

そして彼は動物園経営に乗り出す前は動物商人だった。世界中の動物園やサーカスにエキゾチックアニマルを供給していたわけである。

ティアパーク・ハーゲンベック

1907年、彼はハンブルクにティアパーク・ハーゲンベックを開園した。(ティアパークはドイツ語で動物園という意味だ。)

この動物園は、動物と来園者を分けるために鉄格子の檻の代わりに堀や溝を使った世界初の動物園である。

そしてこの動物園はなんと現在も運営されていて、現代の動物園の一つのモデルとなったものだ。

彼は人間を非人間的に扱っていた反面で、動物の自然な生息環境を模倣したより自然的で人道的な囲いを作った先駆者でもあるわけだ。

Tierpark Hagenbeck in Hamburg | Zoo-Eindruck

より具体的にいうと、当時ヨーロッパの動物園で一般的だった鉄格子の檻とは一線を画すものだった。

ハーゲンベック以前は動物園はしばしば動物園にすぎず、動物たちは自然の生息地とは似ても似つかない、狭い檻のような囲いの中で飼育されていたのだ。彼は「パノラマ」というコンセプトでこうした状態に革命を起こしたのだ。

パノラマとは動物の自然環境をできる限り模倣するように設計された囲いのことである。鉄格子や柵の代わりに堀や溝、その他の自然の障壁を使用することで動物たちがより自由に歩き回れる空間を作り出し、動物たちにとっても動物園を訪れる人々にとっても、より「自然」な体験を提供したのである。

見る側にとっても気持ちの良い場所になったともいえるだろう。

動物のしつけの分野でも知られており、罰ではなく、信頼と報酬に基づいた方法を採用していた。ちなみに彼は『Beasts and Men(獣と人間)』という本を出版し、自分の経験や方法について詳しく述べている。

今風にいえば、彼は環境エンリッチメントの重要性をいち早く認識し、動物に精神的・肉体的な刺激を与えることで、動物たちの興味を持続させ、ストレスを軽減させた。

といっても動物商人が動物園に連れてこなけれあもっとストレスはないかもしれないが、そこはいったん置いておいて、動物園という環境においては少なくとも改善させたということである。

これは、動物を人間の娯楽のために展示される生きた展示物に過ぎないと考えていた当時の一般的なヨーロッパの動物園の常識とは根本的に異なるものだった。

こうした彼の展示の思想は今や世界中の動物園に取り入れられているわけであり、世界中のコンピュータがフォン・ノイマンの影響を受けノイマン型コンピュータであるのと同様に、世界中の動物園のほとんどは今やハーゲンベック型なのである。

備考

カール・ハーゲンベックのエスニックショー

動物園を設立する前、カール・ハーゲンベックは民族誌ショーの開催で知られていた。

19世紀後半から始まったこのショーには、ラップランドのサーミ、グリーンランドのイヌイット、東アフリカのマサイなど、世界中のさまざまな先住民の人々が参加していた。

これらの人々は、動物たちと一緒に「Völkerschauen」(民族誌的博覧会)に展示され、彼らの生まれ育った環境を模倣した演出が施された。当時この民族ショーは単なる娯楽ではなく、”生きた民族誌 “の一形態と考えられていた。

ハーゲンベックはこうしたショーをするにあたって、世界各地を訪れ先住民に賃金と自分たちの文化を紹介する機会を約束した。これらのショーは入念に設計され、多くの場合、展示される人々の自然の生息地を再現することを目的とした精巧なセットを彼の動物園のように備えていた。

ショーでは伝統的な踊り、狩猟の実演から宗教的儀式まで、さまざまな活動が行われることが求められた。それらはすべて、遠く離れた土地の人々の生活を垣間見ることを目的としていた。

ハーゲンベックは「展示品」の詳細を記したカタログまで出版し、このショーの教育的側面をさらに強調した。ショーは商業的に大成功し、どこで上演されても多くの観客を集め、しばしば新聞でも大きく取り上げられ、ヨーロッパの人々の関心をさらにかき立てた。

Human Zoos: Please Don’t Feed The Humans

近年では、その民族誌的展示の搾取的で民族中心主義的な性質が批判されている。

批評家たちはこれらのショーは人種的な固定観念を永続させ、植民地主義的な考え方を助長したと主張している。これらの展覧会に展示された人々は、しばしば「野蛮人」や「エキゾチックな珍品」として描かれ、非ヨーロッパ文化に対する偏見に満ちた見方を強化することにもなってしまった。永続的な差別や偏見、悪いステレオタイプを与えたという論もあるほどだ。

さらに、これらの人々が展示される条件や、インフォームド・コンセントの欠如は、倫理的な懸念を引き起こした。このショーは現在、人類学と大衆娯楽の歴史における暗黒の一章と一般にみなされている。有名な民俗学者のレヴィ・ストロースなども論を述べているかどうかは知らないが、知っていたらかなり怒りそうな施設である。

搾取の問題もある。ハーゲンベックは参加者に報酬を支払っていたが、その賃金はしばしば微々たるもので彼らが置かれていた環境は必ずしも人道的なものではなかった。

表現の問題としても、参加者を独自の文化や歴史を持つ複雑な個人としてではなく、見物されるべきエキゾチックな「他者」としてあくまで紹介していたわけだ。

彼のショーはしばしば「帝国主義的ノスタルジア」の例として引き合いに出され、植民地支配者が自分たちが服従させた文化をロマンティックに商品化するものである。さらにショーは「オリエンタリズム」のレンズを通して分析され、東洋は「文明化」した西洋とは対照的に、エキゾチックで後進的、未開のものとして描かれていた。

こうした批判は、ハーゲンベックという人物の成果を再評価することにつながり、動物学と大衆娯楽への彼の貢献に影を落としている。

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